ゆずのこと(2017.2.8)

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猫飼いなら、だれにでも運命の猫がいるのでしょうか。

わたしにとって、それはゆずでした。

名付けた理由は忘れました。
ゆずという名前の猫を主人公にした、須藤真澄さんの漫画があることは、名付けた後に知りました。
ゆんたんと呼ぶようになったのは、須藤さんのゆず君の愛称を真似したからですが。

ゆずは息子が小学校の裏門に捨てられていたのを連れ帰った猫でした。
ゆずはわが家にまだ猫が1匹もいない時代にやってきた唯一の猫だったのです。

生後2ヶ月ぐらいの、ガリガリに痩せたノミだらけの子猫でした。
来たときからトイレの失敗をしたことがありませんでした。
吐くときも、トイレにするような、そんな子でした。

他の猫が食卓に上がってご飯を食べたがるのに、
ゆずだけは、椅子に降りて、お皿が出てくるのを待っていました。

ゆずが来て約1年後、衰弱した子猫3匹を保護したときは、献身的に親代わりを務めてくれました。
犬が興奮して子猫に襲い掛かるそぶりを見せると、すっ飛んできて盾になり、犬に食って掛かりました。

サッシも網戸もリビングの扉も、どこでも簡単に開けてしまう、本当に賢い猫でした。
お風呂場にもよく入ってきたよね。バスタブの淵にあがり、不思議そうに湯気を眺めていました。

娘が時々、言ってました。
ゆずは猫じゃないね、
まるで人間だよね。

脱走は数え切れないほど。
その都度、おもちゃや鰹節でおびき寄せ、家に入れるのが大変でした。
姿が見えなくなったときは、泣いて探し回りました。

悲しいとき、うれしいとき、苦しいとき、つらいとき、いつもそばにいて、じっと私の目を見つめてくれた。
そんなゆずに、愚痴をこぼしたり、抱き寄せたり、悩みを聞いてもらったり…。
ゆずがいなくなることを考えると、恐怖しかありませんでした。

でもいよいよ年を重ね、衰えて、ゆずが自らの心と体を支えるのが精一杯になったときは、
私がゆずを最期まで支えなければと、ただ、それだけでした。

いっぱい、いっぱい、一緒にすごしました。
いっぱい、いっぱい、一緒に通院しました。
いっぱい、いっぱい、話しました。
いっぱい、いっぱい…。

でも最後はもう、そっとしておくしかありませんでした。
私の存在がうっとおしい様子でした。
ゆずが親代わりに育てた猫たちが、ずっと傍に付き添ってくれました。

もっと若いオス猫たちは、ゆずが私に近づくと、わざとズイっと割り込んで、
ふらふらするゆずを突き飛ばして、その座を奪おうとしました。

私はそれを許しませんでした。
ゆずは最期までボスでなければならない、
ボスとしての最後のプライドを守らなければならない。

それはうちの猫たちが、飼い猫だからです。
これが外の猫であれば、老いたボスはすごすごと引き下がるのでしょう。

若い猫は老いた猫には容赦ないことを会員のKさんに伝えたら、メールをもらいました。

「・・・自然界では動物に限らず、情緒を持たない植物でさえ、圧倒的な成長力で育つ仔や若葉、若木に対して、成熟しきった生体は老化につれて静かに、その場を追われて枯死に向かう。生命体の最も美しい姿。それが“死”ではないかと私は考えているのです。
~中略~
精いっぱいの命を全うすることができた老猫さんは、身体の辛さはあっても、生物としての満足感にきっと満たされているだろう、と想像しています。命あふれる猫界を覗かせていただいて気持ちが鎮まりました・・・」

詩のような美しい文と内容に、ただ、涙があふれました。
「生命体の最も美しい姿が“死”」であると。
確かに、ゆずは筋肉は落ち、毛艶のない、みすぼらしい痩せた猫になりました。
でもそれは、長年生きてきた証。
まもなくいなくなるという悲しみが、このメールでどれほど慰められたことでしょう。

ゆずは12月21日に永眠しました。
腎臓に腫瘍が発見されてから17日間。

不思議なことに前夜、いつもはほとんど近づかない夫のところに行って、
床に座ってテレビをみている夫の足の上に乗りました。
ゆずからの「お父さん、いままでありがとう」だったのだと思います。

当日の朝まで、大好きだったかつお節のおやつを食べていました。

ふらつきながらも、自分の足で歩き、トイレに入っていました。
その後、水の器の前で、力尽きるように、うずくまっていたので、
抱っこして、ベッドに戻して、日課の点滴を済ませませました。

この日、仕事は休みで、昼ごろにかかってきた相談の電話を受けていました。

長い電話が終わって、遅い昼食をとっていた午後1時半過ぎ。
目の前で眠っていたゆずをふと見ると、隣にいた猫のお腹にガクンと頭をうずめるように…。

ゆず、ゆずと呼んで頭を起こすと、すでに力がなく、失禁していました。
意識はなく、呼吸は不規則で、やがて間歇的になりました。
尿毒症の痙攣を起こしたのかと思いましたが、隣の猫が、異変に気づかず眠っていたところを見ると、そうではないようでした。

苦しむのかな、最期は暴れるのかなと思っていたのに。
前足で駆けるような仕草を小さく2回、パタパタとしただけで…。
大きく見開いた目の色が変わり、瞳孔がゆっくりと開いていくのがわかりました。

何を見ていたの?
私の声は聞こえた?

聴力は最後まで残るというので、
ゆず、ゆず、ありがとう、と言い続けることしかできませんでした。

呼吸が止まり、けいれんのように脈は打っていましたが、
それもやがて、静かに、静かに止まりました。

ゆず、享年16歳。

こんなに見事に堂々と静かに亡くなる猫は初めてでした。
私が悲しくないように静かに逝ったのかな。
うぬぼれかな。

どの猫よりも大切な、猫でした。

そんなこと思ったら、他の猫が可哀想だと言われてしまうかもしれません。
どんな猫も、私にはいとおしく、大切です。

それでも、ゆずだけは、特別な猫でした。
運命の猫と出会えて、幸せでした。

みなさんにも運命の猫がいますか?

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by kiyoseneko | 2017-02-08 06:20 | 猫の健康と病気 | Comments(2)

Commented at 2017-02-12 14:43 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kiyoseneko at 2017-02-13 13:20
MAY様にも特別な猫ちゃんがいたのですね。そしてワンコも。とてもステキな思い出ですね。コメント、本当にありがとうございます。