何のための保護なのか(2016.6.27)

猫の保護が続いています。
猫耳の会は基本的に会としての猫の保護を今までやってきませんでした。
猫の保護はあくまでも個人活動でした。
それは今でも同じです。

理由は以下の通り。
①猫耳の会のような小さな会はあれこれ手を広げず、とにかく地域猫活動を軸としたTNRだけを三者協働でやっていく。それが周囲から理解を得られて、長く続けていける、不幸な猫を減らす近道。
②猫の保護は時間とお金と労力がかかり過ぎる。年間数十万円予算しかない会が、1匹の病気の猫を保護するだけであっという間に破綻を招く。それだけの予算があるなら野良猫の不妊去勢手術費用や地域猫啓発に回すべき。
③猫の保護や愛護は、個人的な経験や価値観、嗜好に左右される部分が多すぎる。猫に対する「思い入れ」の程度が人それぞれで、どこまで何をやれば良いかという統一された基準を設けるのは困難 。そのような意味からも、公的な活動として一般の人たちから認めてもらうことは難しい。

ということで…。
私たちは猫好き猫嫌いにかかわらず、すべての人たちのために地域猫対策の普及啓発をしていきましょう、保護は最小限に抑えましょうと言い続けてここまでやってきました。

ところが社会の変化や時代の流れはあまりにも早く、私はそれに追いつけずにウロウロと悩んでいます。猫ブームに乗せられてはいけないと言いながら、実は乗せられているのは私自身なのではないかと思ったりもしています。

それは悪いことではないのです。
むしろ、閉塞した会の活動を広げる起爆剤になるかもしれません。

色々と考えているのですが、それがストンと腑に落ちるのに、相当の時間を要するのです。早い話が、頭が悪いのです。

団体として猫を保護譲渡するとしたら、そこにはどんな意味があるのでしょう。

多くの人たちは不幸な猫を救いたい、猫の命を助けたいと思って保護します。

でも団体としての保護は??
私たちボランティアにも、もちろん猫を救いたい思いはありますが、会として、地域猫活動現場での保護には、それだけではない何か大きな意味があるような気がします。

そのような中で、今回保護したのは、農家の庭先て生まれた子猫たちです。

今のところ、会の中の有志が預かりボランティアや通院、譲渡会への参加準備を行っていますが、すでに、ややへこたれ気味です。

この子たちを譲渡できなかったら、私が引き取る覚悟ですが、それはできるだけ避けたいです。先住猫が多くて、幸せにしてあげられる自信がないからです。いずれ多頭保護からの飼育崩壊も目に見えています。まさに背水の陣。

手始めに、7月3日(日)の川越は小江戸蔵里広場の犬猫譲渡会に4兄弟が初お目見え予定です。主催者のねこかつさん、ありがとうございます!。
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何のための保護なのか、会としての保護は可能なのか不可能なのか??…は、この子たちを1匹でも優しい里親さんの元に送り出してから考えたいと思います。

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風邪をひいて痩せていて、こんな感じの子たち。むさぼるようにご飯を食べていました。右側の頭が黒い子が…。
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今ではこんなにキュートになりました〜。みんな川越に会いに来てね〜。








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by kiyoseneko | 2016-06-27 03:01 | 活動 | Comments(0)